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「たとえば庭で、落下して」 深街ゆか

 

 

 

たとえば爪のさきで本をめくるように

 

 

残像にもなることができなかったわたしたち

花粉にまみれた便箋にまるやさんかくの記号を書いて

日曜日の夕暮れどき泡立つ器官へ落下する

 

 

 

中庭を這うように、だらだらとのびるモッコウバラの

無抵抗な額をむしりながらともだちと

流行の歌を口ずさむくちびるは、怠惰な香りでもって受身の存在

だからわたしたちは、いつもサビの部分にさしかかると黙り込んで

つま先で土を踏む、それから蔦が絡まったベンチにこしかけて

詩の朗読をはじめる、その横顔に

季節に不似合いな花を生けてくれたら、誰かの

とおい記憶にとどめておけるかもしれない

くすんだプレパラートを何枚も重ねたような記憶に

鮮やかな花びらがはさまっているような人間はいないように

だから、と言ってわたしたち、朗読をつづける

「中庭でわたしたちは、詩の朗読をしています

 詩の中に中庭があります、中庭で私たちは、

 わたしたちはわたしたちと目が合った

わたしたちは詩を朗読していた、遠浅の緑の

詩の中、わたしたちいつまでも帰ることができない

そんな事件の中に埋没することは、猶予を与えられたようで

生産的で、たとえば、に重心をあずけたら日常はぼらんてぃあで

 

 

 

(たとえば、世の常という言葉が切り裂くのは受精でした)

 

 

たとえば、わたしたち、世界の軸が腹ペコに抱擁され、たとえばくまのぬいぐるみを抱くように、愛でられ、そのなかで育んだもの、たとえばのはなし物語、たとえばのなかで、本をひろげれば詩的、いつもとおい、わたしたちは絶えずたとえばの庭で、そこは、猶予も無く、それらしいものを探し出しているのだけれど、それらしいものなんて誰も知らない、たとえば、残像にもなることができなかった、くすんだプレパラートの記憶、たとえば、落下するよりも前に優しい人に一掃されたなら、たとえば、あなたが優しい人でわたしたちが、たたたたたたとえば、と言って落下しても、明日はゆるやかな曲線の上、たとえばのともだち、日常はぼらんてぃあでした、だから、ひらりと落下します

 

 

 

さよなら、残像にもなれなかったあなた