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小説

2014年

9月

08日

あっ:白熊

 金曜日夜八時すぎの地下鉄。仕事のやり直しをくらって帰宅が二時間延びた男は不機嫌だった。中央駅で地下鉄を降りると私鉄の改札へと向かった。

 地下街の店舗で新しい石鹸を売り出していた。近くまでいくとその匂いがはっきりと分かった。男には匂いで思い出す女がいた。学生時代に好きだった一つ年上の女だった。

 女は大学四年の時に中国へ留学した。男は女とSNSで連絡を取り合っていた。男は女の帰国を待った。迎えに行こうと帰国の日時を訊いた。しかし、その返事はなかった。それから何年もの時が流れていた。

 地下街を抜けて私鉄の改札を通りホームへ向かった。行き交う人の中で男は一人の女に気がついた。それはさっき思い出した女だった。通り過ぎる時、男は視線を動かさなかった。男の横顔を見ていた女は男の背中に「あっ」と声を上げた。二人の周りにこの様子を見ていた者がいれば、容易に久しぶりに知り合いを見つけて声を上げた女と、それに気付かずに通り去っていく男の関係を、見て取れたことだろう。

 男はホームに来た電車に乗り込んだ。夜の車窓で女に見られた自分の姿を確認した。もしかしてメッセージを送ってきてないかと、久しく使っていないSNSをスマホで開いてみた。しかし、何も来てはいなかった。

 あの時は男のメッセージに女が返事をしなかった。男はずっと無視されている立場だった。今日それまでの立場が入れ替わった。声をかけて無視されているのは女のほうになった。これで男は女を無視している立場を得た。相手に渡せたのは無視のバトンだった。もしまた女が男を見つけて声をかけても、それに男が応じなければ、一生この立場は入れ替わらない。今日の仕事のこともあって男は嬉しさを覚えていた。

 男は帰宅するとそのまま風呂に入った。湯船の中で思い出していた。女は声をかけてどうするつもりだったのだろう。しばらく考えていたが、あそこで女に返事をしたとしても、自分がしただろう行動は、アでも、ハでもない、鼻から息の抜いた音を吐いて、あからさまに気のない様子で「久しぶり」と答えるだけだ。あの後の展開はなかったのだ。展開はないのだから、やはり展開のないにも関わらず、行動した女が悪かった。男は自分の正しさを感じた。

 久しぶりに思い出された恋は、展開のないまま一抹の虚しさと共に終わった。風呂の窓からは中秋の月が見えた。男は自分の正しさを共有できる相手が欲しいと思った。

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2014年

8月

08日

無題:白熊

 白の制服を着た女の子が二人、腕を組み合って道を歩いていた。片方が笑って相手に身を預ければ、もう片方も笑って身を傾けた。校則ぎりぎりに合わした二つの短いスカートが跳ね、声が響く。気付けばこういう女子高校生も少なくなった。

 うちを出た女は歩きはじめたが、足はどこへ向かっているのか定かでなかった。鞄を持たずに出歩く女は珍しい。ラッシュは過ぎて、通りの流れも落ち着きを取り戻していた。いつもと違う道を歩いていいと、頭はそれに気付いている。無意識に足は習慣をなぞる。今までも決めていたわけでないのに、毎日同じように歩いていた道。途中、道を渡って反対側の歩道を歩いた。逆の歩道から自分の歩いてきたほうを見た。

 いつもと同じ道をなぞったために毎日利用していた駅に着いた。足に任せて向かえばここかと、幾らか女は自分にがっかりした。今日は定期券を持っていなかった。行きたい先もない。改札の前を通り過ぎて、奥の出口から外に出た。

 小さな商店街、この街に引っ越してきてから、こちらにはあまり来たことがなかった。左手には赤いくすんだ提灯の居酒屋が、右手には開店前の小さなパチンコ屋があった。夜の遅い店はどこもまだ眠っていた。左手奥の八百屋が軒先に野菜を並べていたが、人の姿は見えなかった。朝の家事をやっつけて、急ぎ足でおそらく電車に乗ってパートに向かうおばさんが駅のほうへ歩いていった。両脇に並ぶくすんだ店。少し左へ蛇行しつつ、駅へと向かう一本道のシャッター街が、川の姿に重なった。

 ペルシャ湾に注ぐユーフラテス川、始まりはメソポタミアから起きた、川沿いに並ぶ古い営み——。

 ——自分の頭のどこからこんな言葉は浮かんできたのだろう。いつもと違うところに足を踏み込んだためか。女は自分のらしくない思考を不思議に思った。

 先に見える黒壁の店のドアが鳴って開いた。深い皺の顔の女で、櫛を通していない金色の髪をカチューシャで押さえ、体には長く着た黒のドレス、薄い唇に煙草を挟んでいた。両手で持ち上げた、白地に黒の大きく店の名前の書かれた内側の光る看板を出し、そして営みをなぞるようにして箒で塵を掃き始めた。自分と違うところに生きてきた女だった。嫌悪感は抱かなかった。おそらく自分の母親と同じ年頃だ。

 商店街の真ん中に立ったまま、周りを見た。その女の他は何も動いていなかった。遠くのほうでホームの電車の出発を告げる音が鳴っていた。

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2014年

7月

09日

愛の夢:白熊

 紙屑の見当たらない小奇麗な、花壇と、幅のあるブロックの道は、緩い下り坂となって伸びていた。視線が掴みえるその先には、駅と隣にある踏切と、踏切の上を渡る歩道橋があった。僕の居場所は、梅雨明けの、踏切まで続く、向こうへ行くだけの交わらない道の上。伸びる空は帯のようで、綿を丸めた雲が糊でとめられたように浮いていた。

 母親に見えない程若い笑顔の、横顔を見せる女が、僕の前の道の上で三児の子供を連れて歩いていた。一人で生んで、育てゆく三つの子供達。駆け降りても駅は近づかなかった。空も、そのままに動かなかった。

 風の如く。駆け下りる速さの、とどまる手前で、勢いのままに、その女を後ろから、強く抱きしめた。突然のことに、芯は硬直していたが、腕の中で締め付けられた彼女の体は、柔らかかった。

 以後彼女は一人じゃない、僕も子育てを手伝った。彼女の夫と、子供達の父親の二役。それがその時からの僕の人生だった。

 走り回る子供達。この道の上で、僕達夫婦は二人で、写真を撮ったことがなかった。道沿いに並ぶ店を覗いても、窓ガラスに映るのは子供達だけ。ガラスは僕達二人を映さなかった。何も僕達の姿を映すことはできなかった。

 ここまで歩んできた人生は、僕のほうが短かった。若い僕が先導した。奏でる右手と左手のメロディライン。リストの途切れることなく、次へ、次へと。

 僕より彼女が訊いてきた。これまでどんな人と付き合ってきたの、と。蟠(わだかま)るような過去はなかったから、「無い」が答えだった。

 成長した子供達は、別々に自分の道を歩んでいった。二人の間で時は流れず、僕達は歳を取らなかった。お互いの、何も変わらない顔と、愛。

 この道の伸びつく最後。近づいてきた歩道橋と踏切。駅では電車が出発を待っていた。

 子供達が巣立った今、その裁断を受けようか。

 木の葉の舞う、駅の隣にある喫茶店。甕(かめ)の縁まで達した水面、風がさざなみを起こしている。木目を基調とした店内。シンプルで白い、四枚の羽が回っている。本棚には辞書と時刻表。これまでここで何人が開いて見たのだろう。言葉は意味を慎重に、これからの目的地を探そうか。店内に流れる、サロン調のピアノの曲は、愛の夢。

 二人向かい合って、珈琲を一つ口にした。それから僕は云った。

「これからも、愛したい限り、愛せばいいさ」

 女は答えた。

「愛したい限り愛しても、そんなには、続かないものよ」

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2014年

5月

25日

地図(Pさん)

 何でもグーグルマップより頻繁に更新する、市街の新築や建て直しを即時に反映させるインターネット上の地図アプリがあるそうじゃないか。隣家の蔦がこちらまで這い寄ってきているので、これはもう堪らないと、まるでそれが導火線であったかのように憎悪に火が点いて、築七年の家を家族で飛び出したというその空き地が見える。隣家は三方むき出したことのない漆喰の薄汚れた壁を見せて、彼らが気にしていた北側の家の蔦はこう見るとそれほどでもなく、空き地にはすでにヒメジョオンが人の背丈も超えるかというくらい生長していて、夕方に蝙蝠が飛び交うだかしかしそこはちょっと前に家があったのを自分は全く見ていなかったのか? こうしてアプリの画面で確認するまで、取り壊しや(この家と自分の家は思いのほか近い)瓦礫の取り除きや、黄色と黒の張り巡らされた杭とビニール紐や何かを、今まで実際に自分の目で確認していなかったというのが信じられない。何でもこの画像は最近建てられた高層建築物の頂上からの高解像度パノラマ展望カメラを元にして構成されているそうだ。西の空は晴れて、東の空は暗雲垂れ込め雷が轟く異次元めいた昨日の空模様が今日反映されているというのは、ハンドメイドならではのフットワークの軽さだ。こういう市民的努力が大企業のサービスを超えるのを見ると胸がすくような思いだが、近々これも買収されてしまうようだ。だから、祭り状態になって頻繁にサーバーダウンしているこのサイトを見納めと思って眺めているわけだが、それにしても自分の観察眼の不確かさ、隣家の言い争いの声を内容まで把握しながら聞いていたにもかかわらずその現場を目にしていないという浅はかさ、思慮足らず、堅忍不抜さを恨む思いが急にわき上がってくる。こんな状態では、私の通っていた小学校が、市町村合併による廃校や統合ですでになくなっていた、なんてこともあるいはあり得るのではないか、そう思って今度はその方を見てみるとそんなことはなかった。グーグルストリートビューも結局は道路上で撮影した幾枚かの写真の組み合わせでしかなく、そのあいだを粗雑な、疾走感をいっさい生み出さないズームが埋め合わせている様をあなた方は見たことがあるだろうか? 小学校の廊下はさすがにリノリウムのままではなく新素材を使っていて、天井のアスベストもクリーンな新素材に差し変わっていたがそれ以外は何の変化もなかった。校舎から体育館に向けて渡されているコンクリート打ちっ放しの通路と屋根。ここに実際に入るわけには行かないが家に居ながらにして見られるという現代の技術に感服する。

(中断)

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2014年

4月

10日

偽日記:日居月諸

 顔を見交わした覚えのない女との約束を反故にした。あくまで夢の中の話である。
 地下鉄で電車を待ちつつ、あちこちを見回している男の背中が見える。これに乗らなければ所用に間に合わないという風でもなく、これに乗らなければ追手から逃れられないといった方が近いのではないかと思われるほど、前方ではなく背後ばかりを気にしている。
 ――あの女と会ってはならない。待っています、だか、来てください、だか、言葉はわからないがともかく乞い求めてくる声が縛るように反響し続けて、誘われてはならないという観念を立ち上がらせてくる。
 もうじき指定された時間を越える。時間を越えたところで一切が過ぎるというわけではないだろうが、相手から提示された段取り通りに事を済ませないというのは重要に思えた。ふたたび顔を合わせる地点から崩していけば、そもそもの始まりからの経緯そのものが怪しくなってくれるのではないかという淡い期待もそこには込められていた。
 左手には人の絶えた暗いホームの眺めが伸びており、片方には鉄柵が立ちはだかっている。追われているのに袋小路に陥ってどうすると揶揄されるかもしれないが、背を見せるだけが逃亡の手段ではない。こうして隅の方にやってきたのはあなたを迎え入れるためなのだ、とばかりに見つかってしまった時の非常口を作っておくのも策の一つなのだ。相手の目に走り去るためのポーズが留ってしまった時、趨勢は決してしまう。だからこそ暗い眺めの向こうからやってくる姿を早い内に見つけて、相手がこちらの態度に気付かない間に次の一手を考えておく必要があるのだ。限界に際してもなお自由を確保しようとする意志こそ、向こうの術中から逃れるための原動力となる。
 電車はまだやってこない。車両に乗り込めさえすればいいのだ。現状、この身はあの女の手中にある。たとえ約束を反故にしたところで今度は反故にしたという観念が頭を占めてくるだろう。せめて少しだけの間でも、我が身を別の何かに委ねなければならない。電車やバスといったものは他人に気を遣う上に、道行きは交通会社の都合に合わせなければいけないから、不自由な移動手段と言える。だからこそ望むところでもあるのだ。一方の不自由はもう一方の不自由を多少なりとも呑みこんでくれる。
 左手をチラと見た。真っ先に視線を与える左目は電車の到来を待ちわびている。これは女からすれば待望の色を表す目つきと映るだろう。だから何度横目を遣っても良いのだ。女からは隠れるであろう右目で様子をうかがい、あるいは電車の到来を保証出来さえすればいいのだ。何度でも左手を見る。一方で電車を幻視しつつ、一方で女の姿を幻視しつつ。右目を加えることによって幻視は醒め、暗い眺めが遥かに続くようになる。
 それにしてもこうして電車と女を交互に見ていると、失望と安堵が混ざり合うあまりあたかも女の方こそ待ちわびていて、電車の方こそ来てほしくないと思いかねない。失望と安堵は溜息をもらさせるという点で共通した感情であるため混同を助長する。しかし、ギリギリまで横目を遣わなくてはならない。真正面から向かい合ってはいけない。かといって横顔を無防備に差し出してもいけない。暗い眺めの向こうからやってくるものに左目の視線を伸ばしつつ、隠れている右目で視線の始点をしっかりと支えていなくてはならない。片目を向こうから伸びてくる視線に接合するフリをしつつ、片目ではそれを切り離す準備をしていなくてはならない。全てはあの女との関係を断ち切るためなのだ。今日まで伸び続けてきた線を切り離し、今日を始点とすることで新たな一歩を踏み出すのだ。
 そういった具合に何度も目線を動かしていると、闇に慣れてしまったのだか、あたりが白んできた。ホームの向こうに広がる眺めも明るくなって、その中に一点だけ、ぼんやりとした視界の一部分がくっきりとした輪郭で切り抜かれているのが見えた。あれが電車なのだか女なのだか。真っ白になっていく眺めに眩まされて、確めない内に瞼を閉じてしまった。すると今度は、声が聞こえてくる。またあなたはそうやって逃げてしまうのですね――そこで目が覚めた。確かな聞き覚えがあったはずの女の声は耳慣れないものとなり、あれは一体なんだったのだか、という訝りとともに、泣きはらしたような後味を感じていた。

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2014年

3月

18日

集積回廊2:Pさん

 耳と目、二人三足であるく。二束三文の価値もなく。ああ、二人三脚というのだったっけ。どちらでもいい。耳と目に価値を置きすぎて、膜は破けた。とんだ佐村河内というわけだ。皮膚と鼻腔に耳垢が溜まる。たまにくすぐるとこそばゆい。だがそれだけで、相変わらず時間が過ぎることはない。時よ歩け。だが、それをするには耳と目だけが必要であるか、モニタとヘッドフォンだけは必要でないか、――

 

   一



 ねえ、実験音楽はもうその役割を終えたんだって。バッハが言った。だからといって、心の動きと音との幸福な結合に戻るわけにはいかないでしょう、とゴルトベルクがお言葉ですがと添えて言った。スペクトル学派につくという形で、制御された音高というモデルに戻ることも、と。いや、私だってもうその辺の世界像を構築するには年を食いすぎたわけだし、そんな期待のまなざしで見られても、困るわ、大バッハであるバッハはくねくねと体をストーンズのように動かした。
 実際、作曲から二十年くらい経過してから、ある邦人によって演奏されたジョン・ケージの「プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード」は、題名にもあるとおり、プリペアド・ピアノという、弦の間に異物を挟みピアノならざる音を出す楽器を使っているのだが、それは当初の「膨大な量の打楽器を省スペースで」「一家一台のプチ・オーケストラ」という目的から離れて再度ピアノに立ち返ったかのようで、さらにソナタ(!)でさえあり得た。映像を見ると、ピアノの弦にフォークやら、筒状のゴムやら、紙やら、ありとあるものを挟んでいるのだが、それらが音の中心から外れるように、掠れるように出す、うねる筐《はこ》の全体を駆ける楽器作者の意図しない高音域の雑音は、ピアノのピアノ性をむしろ掻き立て、そして、偏頗である故に生き延びた、死にきれなかったソナタになり得たのだ。
 その彼が、次にバッハを演奏する。しかもグレン・グールドにケンカを売りながら。
 バッハが床に捨てた陶磁のコーヒーカップは焼成する際ぶ厚に作られたので、小ぶりに見える取手すら取れずに、「コーン」という音をさせて転がるだけだった。ちゃっかり、中身は一滴残らず飲まれていた。以来バッハとゴルトベルグは音信不通となり、ゴルトベルグの方は、例の計画のせいで宇宙空間を気儘に漂う身と相成った。

 

 

 いま聞き直してみると、その時思った以上に、演奏スタイルは六〇年代から出ていないものであった。一つのパルスで統一されたという『ゴールドベルク変奏曲』の再録音は、まるでエリオット・カーターのようなアメリカの作曲家が五〇年代に試みていたことの演奏版だ。楽譜の上でリズムは変わっても音楽は動かない。そして指はすべての音を切断し、すべての声部はブーレーズの「第二ソナタ」のように均質化し、……

(不詳)

 

   一一



 私が何であるかを知ったのは、くらい洞穴の中に祀られていた、半透明の旭化成「ジップロック コンテナー」を開け、そこにある祝詞《のりと》の書かれた紙片を取り出し、読んだときだった。読んだとは言っても、それは情報としてではなく、私が私であるという確信とひとつながりに、一瞬にしてなったので、そこに書いてあったことば/形ははおろか、その前後の状況すらはっきりと思い出すことは出来ない。
 いや、だんだんと、真綿が雲を掴むようにして、その時のことが思い出されてきた。苛烈な陽光が岩の黒い部分をニクロムのようにさらに暗く輝かせていた。げっそりと欠けている岩壁が、無意識のうちに私を引き寄せたようだった、いや、よく見ると入り口のところに、緑色のフィルムでマスクされた蛍光灯が、白く走る人の形を浮き彫りにしていて、それに引き寄せられたのかもしれない。とにかく、濡れていて凹凸もある歩きにくい岩の道を歩いていくと、すぐに最奥に突き当たった。
 書きつつ思い出しているのだが、祀られていたその旭化成「ジップロック コンテナー」は、実は二つあり、一つは逆さにされて、それぞれの蓋を合わせるようにして、重なっていた。そして、祝詞の書かれた紙片はその旭化成「ジップロック コンテナー」の、恐るべき密閉率(七日間、生のニンジンが乾かない!)を誇る内部に保存されていたわけではなく、あの特徴的な青い蓋と蓋に挟まれるようにして、外部にあったのだ。それをこっそり取り出す様は、まるで「曰」の字のようだった。この二つの矩型の間にあるのが、旭化成「ジップロック コンテナー」の蓋と、その祝詞であり、右側の、すこし開いた部分が、紙をほんの少し抜き去った部分だ。それを抜き去って、……いや、やっぱりその時のことは覚えていない。


象形 祝詞《のりと》など神霊に告げる書を収める器である口《さい》の蓋《ふた》をすこしあけて、なかの祝祷《しゅくとう》の書をみようとする形。曰とはもと神託・神意を告げる意である。〔説文〕五上に、人が口をあけてものをいうとき、口気のもれる形であるとするが、卜文・金文の字形は、器の蓋をすこし開く形に作る。……

(白川静『字統 [普及版]』53p.)


「集積回廊2」として計画していた小説の触りです。締切にとても間に合わなくなり、またこんな書き方を続けてもなあ、というのもあり、そして何より、佐村河内ネタがまだ新鮮なうちに上げるなら上げたいというのがあり、ここに載せておきます。

 一応、編集作業も進めている最中ですから、よそ見してるわけではないです。

 この次は、モアベターよ! というカンジで。

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2014年

2月

21日

育つ毛:白熊

 実家はぎりぎり都内だけど大学へ行くのに不便なので安い木造のアパートを借りた。一人暮らしには慣れてきたけど大きな道路に囲まれていたためか空気の悪いのが少し嫌だった。
 新しい生活の中で「空気が悪いと鼻毛が伸びる」ということを実感した。こっちに来て鼻毛が気になるようになった。やたらとムズムズする。夏目漱石の『吾輩は~』の中でクシャミ先生の抜いた鼻毛の根っこに「肉」があって紙の上に立つというのを思い出した。試したらその通りだった。これでクシャミ先生は奥さんと口喧嘩したんだなと少し感じる物があった。
 ベッドで横になってテレビを見ながら鼻毛を抜くのが癖になった。ベッドから動くのが億劫だったため抜いたそれはズボンの太ももあたりに付けていた。実家で母が見たら怒るだろうと思いつつ一人暮らしを満喫していた。
 しかしそんな生活に事件が起きた。前に脱ぎすてたままだったジーンズを穿こうとしたらナマズの髭のような毛が一本ズボンにはえていた。それは僕が抜いた鼻毛だった。鼻毛の肉が根をはやしたように硬く付いていてどうやってもびくともしない。
 ズボンにはえた鼻毛は伸び続けた。もうこのジーンズは穿けなくなった。毛の成長力は凄まじく必死に押さえつけようと参考書を積んでも押し退けられ、タンスに閉じ込めても帰ってこれば扉をはじいてしまっていた。モコモコと膨れあがっていって数日後には部屋の三分の二を埋めてしまった。もうこの大きさではドアから捨てに行く事もできない。僕はどんどん憂鬱になった。
 部屋の中が見られないよう常にカーテンは閉めていた。朝、ドアから這い出て部屋を出る時は絶対に誰にも鼻毛を見られないよう細心の注意を払った。
 アパートの向かいにレンガ模様のしゃれたアパートが建っていて、半月前から向かいの部屋に白人女性が住んでいた。僕が部屋を出る頃にはいつも窓を開けてのんびりモーニングを食べている。
「頼むからちょっとよそを見ててくれよ」と、そちらのほうを見ることもできずに顔を真っ赤にして僕は毎日ドアから這い出て学校へ行った。
 毛の成長力は一向にとどまることを知らなかった。教室に着くと一人溜息をついて腰掛けた。心はもう限界だ。友人ののぼるが「顔色が悪いぞ」と声をかけてきて僕は消え入りそうな声で「鼻毛が……」と呟いた。彼は「え、ハナゲ?」と吹き出して笑うだけで僕の身に起きている事の重大さに気付こうともしなかった。

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