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創作企画第2回「先人の作品を作りかえる」

【第2回】

日時:9月2日(金)19:00~22:00

場所:skypeチャット(通話なし)

参加者:Rain坊、イコぴょん(イコ)、あんな(途中退出)、牧村(途中参加)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

イコぴょん: こんばんは

annaendo: こんばんはー

Rain坊: こんばんは

イコぴょん: では始めましょう。神崎さんと牧村さんには、来次第参加してもらうということで

annaendo: はい

イコぴょん: 今日は第2回「先人の作品を作りかえる」です。自分もはじめてなので、どうなるか分かりませんが、やってみましょう。

 

【第2回】

ひとりずつ好きな文章を抜き出して提示する。

15分間のシンキングタイム。文章を作り変え、自分の作品といえるものにする。

みんなで作品を公開して、感想や、学んでいきたいことなどを、かんがえていく。

 

イコぴょん: じゃあ、こんな感じでっていう例を示すためにも、自分がまずお題を出しますね。

 

イコのお題:アントニオ・タブッキ『遠い水平線』須賀敦子訳

『スパッツァヴェント小路。≪風の吹きぬける小路≫という意味だが、傷だらけの壁が両側にせまっていて、まさにこれほどぴったりの名は他にないだろう。建物の隙間と、ほそながい廊下のような空を背景に、高いところでなびいている洗濯物のあいだから、かみそりの刃のような太陽の光線が、枯れてしまった花輪や、新聞紙や、ナイロンのストッキングなんかの、ゴミの山を照らしている、ちょうどそのあたりを、風は、渦を巻いて通りぬける。』

 

annaendo(あんな):

 スパッツァヴェント小路。≪風の吹きぬける小路≫という意味だが、風の吹きぬける隙間もないほど通路の脇に積み上げられた生活用品の数々。不要になった物達の視線に遮られ細長く伸びた小路は行き場を失ってしまったかのように向かいの風景を映しださない。風は、ゆったりと曲がりながら無数のプラスチックとビニール、木片、灰、順々に摩擦を起こしながら室外機の流れに乗って上空へと、消えた。

 

イコぴょん:

 蛇峠というのを聞いたことがある。いつからそう呼ばれているのか知らないが、一度峠に足を踏み入れさえすれば、まさにこれほどぴったりの名は他にないだろうと納得できる。針葉樹の深い枝葉と、そこでは年中青味の増したような空を背景に、枝のあちこちで啼きしきる鳥の声のあいだから、ほそくちぎられた太陽の光線が、しなやかに曲がりくねる道や、蛇のうろこを思わせる迫り出した岩肌や、進む者の両脚に毒をあたえずにおかないだろう急斜面の連続に、まだらに浴びせかけられつつ、道は獲物を狙うように這い抜ける。

 

Rain坊:

 スパッツァヴェントと呼ばれる小路がある。『風の吹きぬける小路』という意味合いを持っているかの道は、数えるのも億劫になるような傷、いたみを抱えている壁に挟まれている。

 上を見上げてみると洗濯物をかいくぐるように太陽からの光が、昼寝をする猫や踏み散らかされて枯れてしまった草花、区別なく分け隔てなく照らしている。そんな中を風は散歩する。

 

 

【あんなの作品について】

イコぴょん: あんなさんは風の行き先を変えましたね。

annaendo: はい、なんも思いつかなくてそっから変えてみました

イコぴょん: おもしろいです。風が、さえぎられて、行き場をうしなって、上にあがっていく感じが出てて。なんか、生活感までにおってくるようでした。風が、くさそう

annaendo: 商店街の裏です

イコぴょん: それ聞くと余計にくさそうw

annaendo: w油と動物の骨の臭いがしまっす

イコぴょん: ≪風の吹きぬける小路≫って呼ばれているくせに、風の吹きぬける隙間もないっていうのが、おもしろいですね

annaendo: 風の通り道みたいのってあまり日本にないと思って。京都とかならあるかもしれないけど、東京のはあんまイメージなくて思い浮かんだのはビル街だったんですけど、つまらないと思ったので。

イコぴょん: ふむふむ。日本で成立する景色を考えたわけですね。

Rain坊: ビル風だったっけ? 確かそういうのはありますよね?

annaendo: はい、ビル風なんて描写してもつまんないですよ。面白くしろと言われたら頑張りますけどw

イコぴょん: 自分は逆説的な表現があんなさんの作品から学べると思いました。そう呼ばれているのに、実はそうじゃない。そうよばれていて、名と体がぴったりくる時代があったんでしょうけど、生活の蓄積(歴史の積み重ね)で、名とはそぐわなくなった。そういう、過去と現在を対照化させるっていうのは、なんか、重層的でいいと思います。

annaendo: 昔、この道はこの辺では一番賑わってたんだ・・・みたいなお爺さんが今思い浮かびました

イコぴょん: 風……人が通り抜ける……みたいなイメージが連鎖しますね。それだけで小説になりそうだ。

Rain坊: 風の流れをたどるような印象を受けました

イコぴょん: たしかに。読者の目線を操作している(風にポイントをあわせている)

annaendo: こういう場合の描写の仕方って個性が出ますよね。私は大抵風になっちゃうタイプなんで、この時間内だとこういう書き方になります

イコぴょん: 分かりやすいと思います。

 

【イコの作品について】

annaendo: 書き換えというよりはまったく違うものになっててずるい、と思ってしまいました。前後の文章がわからないのもなんとなく嫌です。

イコぴょん: ずるいですかw

annaendo: これは風の吹き抜ける小路=蛇峠?

イコぴょん: いえ、違います。自分の独創です。

Rain坊: 初見の方にはここまではできないですよね。時間制限があって読んで書き換える時間を考えると。できる人はできるかもしれないですが

イコぴょん: 自分はこれを、あらかじめ考えていたわけではないですよw

Rain坊: あ、そうなんですか

annaendo: では、元の文章のどこからインスピレーションを得て書いたのでしょうか?

イコぴょん: 風景描写のスタイルですね>インスピレーション

annaendo: スタイルですか、ふむふむ

イコぴょん: タブッキは風の通り道を示して小路を描いた。だからといってわれわれが、それを書かねばならないということではないでしょう。よく読めば、参照していることが分かるはずです。まったく同じ文言を使っているところもあって、そこも実は作り変えたかったけれど自分の作品として換骨奪胎するには、この方法しかないと思いました。

annaendo: 理解しました

イコぴょん: 少なくともスパッツァヴェント小路を描いたら、自分はタブッキには勝てないと思った。

annaendo: みんな勝てませんてw

イコぴょん: ですから蛇峠です

nnaendo: 正直な感想を言うと、元の文はなんとなく風の風景というのが見えるんですが、イコさんの文章は細かく描写がなされているのになぜかイメージが入ってこないんです。年中青味を増した空、などがどういう空なのか頭に浮かんでこないのです。

イコぴょん: ふむふむ。イメージが入るように描写していく……気をつけてみます

Rain坊: 街並みの風景だからこそ自然の風が目立つのかな。自然の中での風というのは普通といえば普通の感じ方ではありますし。

 

【Rain坊の作品について】

annaendo: 壁の傷についての文章から一転、急にほのぼのした感じになりますね。

全体的に元の文を自分なりの言い方で言い直した感じの印象でしょうか

イコぴょん: 光と風の流れは伝わりますね。上を見上げてみると、は必要なかったかもしれない

牧村拓: ん、もうちょっと冒険してみてもいいのかなと思いました。大胆に骨格を書き換えてみる、というか

イコぴょん: たしかに。もっと自由にやっていいと思います。

牧村拓: そういう点で言えば、僕はあんなさんの作品に好感を覚える

イコぴょん: どういうところがよかったですか

牧村拓: 確実に自分の手が届くところに描写を落としこんでいるのだけれど、それだけで終わっていない。意図や意志が伝わってくる

牧村拓: こういう試みにおいてはそこを評価したいです。それはイコさんについても同じですね。

 

◆ 

あんなのお題: 高橋源一郎『さようならギャングたち』

『大きな戦争が三つおこり、小さな戦争はトラックの荷台からこぼれるほど沢山おこり、クライマックスがあり、スポンサーが交代して百万人の男性をノックアウトした謎の美女がウルトラマリンブルーの濡れた瞳でわたしをみつめ「わたしとセックスしたかったらこのアイシャドー買ってね」とささやき、そして新しい登場人物が一個連隊も現れた。』

 

あんな:

 映画館の中では小さな戦争が二つほどおこり、分裂症気味の主人公がパンクした自転車に乗って海に転落して死亡し、戦死した兵士たちの腕の中で眠っているように見えたかと思うと、隣に座っていた女が嗚咽を漏らしながら泣いていてかすかに「ありえない」と呟いたのだった。そして真っ暗な闇の中でぼくたちは手を繋いだ。

 

牧村拓:

 大きな出会いが三つあって、小さな別れは灰皿からこぼれるほどにあった。眠れない夜があり、片手で数えられるほどしか男性を経験していない、気の違った女の子は焦点のずれた鼠色の瞳から僕を覗き込み「あたしの指を口に突っ込まれたければ煙草をやめてね」とうそぶき、そして記憶の底から懐かしい顔が一ダースも現れた。

 

イコぴょん:

 古い言葉がまたキモがられ、新しい言葉は学校からこぼれ出すほどたくさん生まれ、ふくらみ広がり、スポンサーが交替で報道しますますいきおいにのって電波は百万千万と飛び交い、乾いた目で見つめる老人が「近頃の若いもんは」とささやき、そして新しい言葉は連隊になって日本列島を蹂躙した。

 

Rain坊:

 神とまで称えられる漫画が三つあり、面白いと言われる漫画は個人の本棚では収まりきらない量があり、面白くない漫画は見限られ、捨てられ、売られていく。そして新たな漫画を捜しに本屋へ出向くと、未だ見ぬ刺激が動かぬ絵で私に訴えかけてきて、そしてその瞬間に新しい登場人物が私の中に登場した。

 

 

【あんなの作品について】

牧村拓: 元の文章に動きを与えている。視点も、場面も転換していく。そうして最後は静の描写で終わる。ひとつの流れができていると思います。

Rain坊:映画のなかでは劇的なほどの動きがあるにも関わらず映画を見ている自分は手を繋いているだけという、この落差がいいと思った

イコぴょん: あんなさんのは、状況は分かるのだけれど、余韻とか、おもしろみを感じるには至らなかった。

 

【牧村の作品について】

annaendo: 牧村さんのは煙草と一ダースがかかってるのがいいね

イコぴょん: 牧村さんの文章は、ひとつのゆるやかな流れが感じられるのだけれど、目が滑ってしまう、なぜだろう

牧村拓: おそらく文章の構造を自分の領域にまで落とし込めていないからでは?

Rain坊: 牧村さんのは全て現実的な表現だなと

 

【イコの作品について】

牧村拓: 老人が移ろわない点として活きている。全体のバランスを整える役目をしていると思う。

annaendo: イコさんのはうまくまとまっていますね。老人にもっと暴れて欲しかったけど。

 

【Rain坊の作品について】

イコぴょん: Rain坊さんは末尾で詩的表現にこだわっている。新しい登場人物が登場する、おもしろい。

annaendo: Rain坊さんの面白い。未だ見ぬ刺激が動かぬ絵、に惹かれる

牧村拓: 現代風俗を感じる。この路線で行ってほしい。ただ最後がちょっともたついたかな、という印象。

 

【その他】

イコぴょん: 個々の作品についてではないけれど、高橋源一郎の、クライマックス、ウルトラマリンブルー、アイシャドーのような言葉が、うまいと思った。これにかわる決定的な言葉を見つけられなかった。

牧村拓: うまいですね。なので意識して言葉だけを変えるように試行したけどうまくいかず。

 

◆ 

Rain坊のお題: 磯崎憲一郎『肝心の子供』

『銀という金属の実物を、ブッダはそのとき生まれて初めて見た。磨き上げられたその輝きは、自然界にほんの一瞬だけ姿を現す非自然的な色彩、ハチドリが目の前をかすめて飛び去るときにちらと見せる羽根の裏側や、砂漠を走り抜けるトカゲの陽を浴びた背中、真夏の満月のした沼面から飛び上がった雷魚の鱗、そういった色彩を切り取ったかのようだった。』

 

あんな:

 珍しく外に出てみることにしたぼくは、猛暑の中でうずくまり立ち上がることすらできなくなっていた。うずをまくように視界がぼやけた空と太陽の隙間に金色の光が回っているのを捉えた。そのままの姿勢でしばらくその回転を見届け、光が消えた瞬間の瞬きを朽ちた葉の上に残してからゆっくりと息を肺に送ると、空の一部になったようだった。

 

牧村拓:

 涙という感情の表出を、僕はそのとき生まれて初めて見ていた。流れ落ちるその滴は、人の間でのみ見られるひどく情緒的な現象で、思い出が脳裏をかすめてきていく前にふと呼び起こしていく感傷のかけらや、ビル街をすり抜けていく人波からにじみ出る寂寥、僕の下でもがく彼女とのわだかまり、そういったいくつかのとるにたりないものたちの必死の抵抗であるかのようだった。

 

イコぴょん:

「小説」というものに、かれはそのとき生まれて初めて、たしかに触れた。磨き上げられたその言葉の群体は、歩く人間がたしかに見ながらにして気づかない色彩、「真実」という言葉の隠し持つナイフのようにするどい裏側、安穏と座って動かない「当然」の転倒、若い人間を果てしなくひきずりこんで決して元のすがたにはとどめない、カゲをひきはがすような強い手の存在だった。

 

Rain坊:

 歩く、ということが唯一の交通手段だった時代の人々に電車を見せつけてやった。逃げ惑う人や立ち向かう人、許しをこう人もいたが奴らから後で電車について尋ねてみた。すると、ある奴は絶対に狩れない化物と言い、ある奴は人々の行動に怒り狂った神様だと言い、さらにある奴は道を勝手に切り開いてくれる天候とまで言った始末。電車に遭遇したところを撮った写真では、その一瞬を切りとられた彼らの表情はとても滑稽に見えた。

 

 

【あんなの作品について】

牧村拓:かなり挑戦的だな、と。それは内容も同じく。うずをまく、という表現があるが、文章の構造自体が渦を巻いているように感じられる

イコぴょん: あんなさん:2文目からがどうしても分からない。だいぶ考えたけど分からなかった。

 

【牧村の作品について】

イコぴょん: 牧村さん:小説の前後の、詩的な流れが感じられた。小説の一部として、十分に機能すると思った。でも、ややわざとらしさが過ぎるかもw

Rain坊: 牧村さんのは感情について書かれているのでこれは自分は全く考えてなかったので、おっ! と思いました

 

【イコの作品について】

牧村拓: これはなかなか自分の中で消化してから書けているな、という印象。言葉の細部に配慮が届いている

Rain坊: イコぴょんさんのは牧村さんが言っているように上手く自分の中で取り入れていると思います。

 

【Rain坊の作品について】

牧村拓: SFちっく! というか長めの一行小説といった趣。こういうこともできるんだなあと参考にしたい。

イコぴょん: 文明批評か。10分でこの内容はすごいのではないか。

 

【その他】

annaendo: 磯崎の表現が良すぎてやる気でなかったわ

イコぴょん: 磯崎が、みんなすっかり化けましたね

牧村拓: うん、今回は皆かなり自分の中に取り込んでるな、と

Rain坊: 確かに元をまったく感じませんね

イコぴょん: けれども、元があったからこれらの文章が生まれた。巧みな模倣になってきていると思います。

牧村拓: うんうん、どうせやるならここまで自分のモノにしてほしいです

 

牧村拓のお題: 太宰治『人間失格』

『神に問う。無抵抗は罪なりや?

 堀木のあの不思議な美しい微笑に自分は泣き、判断も抵抗も忘れて自動車に乗り、そうしてここに連れて来られて、狂人という事になりました。いまに、ここから出ても、自分はやっぱり狂人、いや、廃人という刻印を額に打たれる事でしょう。

 人間、失格。

 もはや、自分は、完全に、人間ではなくなりました。』

 

Rain坊:

 他に問う。貴様らはいつまで己を特別だと思っていた?

 生まれた瞬間までか? 小学生までか? それとも現時点でも継続しているのか?

 言っておくが貴様らは誰一人として特別たりえない。

 勘違いも甚だしい。己の今までを悔い改めよ、生まれた瞬間から。

 己を卑下せよ。己を蔑め。己を蝕め。それこそが相応しい。

 貴様らはそのためだけに生まれてきたのだ。

 特別は我、のみ。

 我、神なり。

 文句がある奴はかかってこい。自分は特別だと嘯く奴は我の前に現れろ。

 我を殺してみろ。

人間、失格。

そうすれば、お前は、完全に、人間ではなくなるだろう。

 

牧村拓:

 あなたに問う。愛は罪たりえるか?

 あなたのその無垢で愛らしい目鼻立ちに僕は惹かれ、意志も理性も失くして歩きだし、そうして深いところに触れ、二人は恋人という事になりました。これからは、どこにいても、僕はやはりあなたの恋人、いや正確を期すれば、愛人という十字を背に背負っていく事でしょう。

 あなたの名を、呟く。

 もはや、自分は、完全に、あなたのものになりました。

 

イコぴょん:

 ひとつぶの涙も出ないのは罪でしょうか?

 棺の中の祖父の口元が微笑していて、みんなは泣く。祖父は誰かの言葉も、心も忘れて霊柩車に乗り、そうしてここに連れて来られて、骨になることになりました。やがて骨を拾うみんなの箸、自分はここでも、ここから出てもきっと、ひとつぶも涙を流さないでしょう。

 涙の多寡が何を決める?

 祖父の骨は運ばれ、もはや完全に、見えなくなってしまいました。

 

 

【Rain坊の作品について】

牧村拓: 個人的にはレイン坊さんの、こういうの、大好きw

イコぴょん: Rain坊さんの言葉、すごく目に見えやすいですね。どの作品でもそうだけど、色味の強い言葉を使うのがうまい。

牧村拓: うん、これはいわゆるラノベ的な表現だけれど、自分の書きたいことに向いているという感じ。もっと基礎を固めれば、ぱっと化けてくれるんじゃないかな、とすごく期待

イコぴょん: そうですね、ラノベ的だ。この中二病感を、どうつよくしていくか、が課題なのかな

牧村拓: 僕はそう感じます。突き抜けてほしい

イコぴょん: 物語のなかに落としこむ力が必要か。こういうセンテンスを、自然に出せるような、物語を構築する力。

牧村拓: うーん、独特の技術が必要とされそうだ

 

【牧村の作品について】

イコぴょん: 牧村さんの、今日でいちばん分かりやすくて、意思的で、よかった。牧村さんはやっぱり愛を描いているなぁ。

牧村拓: ですねえ、そこは揺らがず

イコぴょん: 『愛は罪たりえるか?』というのは、『愛は罪なりや?』ではないんですね

牧村拓: ですね。そこは意図を持たせたつもりでしたが見返すと、ほとんど効いていないなと反省

イコぴょん: 愛がもつ罪を、具体化していくといいかもしれませんね

牧村拓: そうですね、見えていなかった

Rain坊: 愛人というのをもっと深めていけば罪と思うことに繋がると思います。

牧村拓: もう少しでも肉付けすべきだったかと思います

Rain坊: ああ、でもちょっと考えるんですけど一夫多妻制の場合これはどうなるんでしょうね。罪となるのでしょうか?

牧村拓: それはならないですね。少なくとも僕の中では

Rain坊: 罪にも時と場合によるということですね。

イコぴょん: 日本語で書かれているので、異国の話とはまったく思わなかったw

牧村拓: その発想はなかったなあ

Rain坊: いや、勿論異国の話とは自分も思わなかったんですけど、どうなるのかなと疑問に思ったもので

牧村拓: リツイートで回ってきてましたが、「自分の愛した人が愛した人」なので許すって感じみたいですね

イコぴょん: ふむふむ、色々想定したうえで、あえてその状況を描く、というのを、突き詰めて行くと、固有の表現になっていくでしょうね

牧村拓: ああ、その表現はいい

Rain坊: そもそも国や宗教によって罪の度合いが全く異なることが罪を述べるうえで面白くなるポイントかもしれませんね

イコぴょん: そうですね、罪という言葉は、十分考えた上でなくては使えない言葉かもしれない。容易にキリスト教を想像させますからね。太宰は神を持ち出し、きちんとキリスト教的な意味であると宣言している

牧村拓: 確かに、ただ狭い世界を作るのではなくめいっぱい広げてからあえて狭くするというか。

イコぴょん: そうですね、広げてから、というのは、すごく重要かもしれません。むかし、小説のなかに「ロンT」って言葉を出してる後輩がいたんですが、「ロンTってあんましおれは言わないんだけど、どうなの?」って聞いたら、驚いた様子で、「んなわけないでしょ!」って言ってきたんですね。

牧村拓: 狭いままになっているのか

イコぴょん: ロンTが、後輩の小説には当たり前の言葉として入っていたんだけど、当たり前の外側を、考えたことがなかったわけですね。

牧村拓: 示唆的だなあ

イコぴょん: そういう言葉を使わない若者がいることを知った上で、「ロンT」を使うと、ある種の若者像が、作者の意思によってハッキリと浮かび上がってくる、ということですね。

Rain坊: 確かにそういう作者が当然とする知識が読者と同じとは限りませんからね。分かっていることを当然として書いていると読者が離れる恐れがある。けれど、その逆もあるような気もします・・・むずかしいなぁ

牧村拓: さじ加減というか、自分でつかみ取らなくてはいけない感覚ですね

イコぴょん: 価値を相対化してとらえる目を養う必要があるのではないかなってことですね

牧村拓: うんうん

 

【イコの作品について】

牧村拓: イコさんのは、こう視点が2点間を行き来しているんですね。その構造が強さに繋がっている

イコぴょん: そうですね、視点が2つあります。

 

【その他】

牧村拓: お二人ともパッと見のインパクトが強い。全体的に元の言葉が強く、構造も特殊だったので難しかったと思うのですが、それが良い方向に作用しているように思えます

イコぴょん: むずかしかったす

Rain坊: 誰もが知っていて、手を出しにくいものをあえて出しくれたことに感謝って感じです

イコぴょん: はじめに問いかけがあると、作品が引き締まる

Rain坊: みなさんに言えるけど見ていて形がいい。元の文がそうさせているのかもしれないけれど、しかしその中で自分の表現も入れていると思う。

牧村拓: ううん、見ていて、しり上がりに「自分の中に落とし込む」ことがうまくなっていってるなと。この試みがどんな到達点を得るか見届けたい

イコぴょん: 何度もやると、やっぱりよくなってきますね

牧村拓: そうですね、特に短期集中的なものなので成果が見えやすい。これは手ごたえを感じていくのにはいい試みです。

 

 

イコぴょん: さて、いい感じにまとまったところで、今日はこのへんにしましょうか

牧村拓: はい、お疲れ様でした!

Rain坊: お疲れ様でした

(文責:イコ)