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「合同教会の人びと」第二回:小野寺那仁

 マンションのオートロックを瑠奈が面倒くさそうに髪をかきむしりながら開けて、数人が一斉になだれ込んだ。狭いエレベーターに酒臭い息が充満していたのは覚えていたのだがそこから先の静間の記憶は途絶えていた。静間はジントニックをしたたかに飲まされたのだ。葬儀屋が紅い薔薇を一輪、口に咥えていた。鼻の下の髯がビールの泡を含んでいた。部屋に入るなり静間はソファにしなだれかかっていった。瑠奈、葬儀屋、それから他の男たちがいて合計すると五人だった。彼らはコンサートを七時から開いていた。ヘビーメタルといわれるそれは無料で行われることはあまりないのかもしれない。公民館はやさぐれた男女に溢れていた。彼らはいずれもホストとかキャバクラとかマルクス言うところの「仕事とはいえないような仕事」に従事している者たちだった。むろん、他にも古民家やバブルの遺産などを解体する解体屋や保育園の保母たちや新しくできた特別養護老人ホームの介護職員たちもいた。ただ全体的には髪を脱色した地底人のような顔色の悪いホスト・キャバクラ系が多かった。マンションの主であり瑠奈の配偶者でもある木島は、工場の生産管理の監督であり派遣労働者たちから見れば彼らの生殺与奪の権限を握っている神でもあった。実際の木島は例のN大学を二浪して入って途中で留年した劣等生で本社勤務は許されず地方工場に島流しに遭っている。腐れ理系で毎週毎週モーグル三昧が趣味の男だった。

 静間はそこで眼を覚ました。あの日の夢だった。夢とはいえ現実を完全に模倣しているので果たして夢と言えるかどうか。どちらかといえば記憶であったのだ。ただ自分が眠っているシーンなので自分が見ていた光景ではないはずだ。こうしたことは静間にはしばしば起きる。見たことのない外国の光景などが鮮やかに夢に現れる。読んだことのない原稿を読みふけっている。記憶でないものが現われるというのは人間には創造能力があるのだろうか? だが最後に木島の説明がナレーションのように現れたのは妙な予告でもあった。静間はおそるおそる分厚いカーテンを開けてみる。まだ明けきらない冬の夜の名残の中で一台の車が排気音と歓声を漏らしながら庭の方に接近してくる。ああ理性が教えたのだ。木島がやってきたことを。

 自慢の四輪駆動車から降りてくる木島。携帯をかけている。相手は静間だった。傍らの携帯が鳴った。木島は冬になってから毎週のように現われ、年末になってからは頻繁に顔をみせる。時計を見るとまだ午前五時。気は進まなかったが静間は携帯に出て、スキーに行くのを了承した。真っ暗な部屋の中から手探りでウエアと板とゴーグルを手繰り寄せる。意識はまだまだ朦朧としている。鍵のかからない部屋にいつの間にか木島も来ていて、手際よく、にやにや笑いながら静間のブーツを運び出す。

 シーズンになるまではこうではなかった。瑠奈の消えた部屋で幾度となくバリ島での結婚式のビデオを見たり長野五輪での里谷選手や上村愛子選手のビデオを見たりしていた。

モーグルについての話を繰り返した。次第にモーグルコースが充実しつつあると。ウオッカを飲み干す彼は時折離婚協議の進んでいる瑠奈の英会話教室での様子を静間に尋ねてきたのだが彼女はもうそこにはいなかった。ほぼ同時期にカナダに転籍してしまったからだった。つまりは静間との関係は途絶えたはずだったのだがほかに知りあいもいないのか木島は静間に依存していた。いや女性の知り合いはかなりいたはずだったのだが。そうして木島が葬儀屋たちと瑠奈をマンションから追い出して三カ月ほどたって離婚は成立した。署名捺印された用紙がエアメールで返送されてきた。それを携えた木島と焼肉屋で会食した時など彼は泣き喚いていた。宥めるのに静間は苦労した。それからしばらくして木島は瑠奈とはお互いの生活には干渉しない契約の下で結婚したのにあの日彼女を部屋から追い出したのが離婚の原因になったと打ち明けた。木島のビッグスマイルは彼のスポーツマンらしい大柄な体格にも比例して大きな武器になっていた。彼は既に三十半ばも過ぎていたにも関わらず十代二十代の女性にもかなりの人気であったのだ。それは居酒屋でも証明されて彼は女性によく声を掛けられ一緒に飲み始めることもしばしばあった。だがそうしたもろもろも何故か瑠奈にはいっこうに通用しなかったのであった。いや、それともなんだろうか、瑠奈も一時的には木島に惚れたのではあったが結婚してみると彼の性格にうんざりさせられたのかもしれなかった。瑠奈とはもう何シーズンもスキーには行ってないと口惜しそうに彼は言うのだが、はたしてそうなのだろうかと静間は訝しんだ。それとは逆にロックからヘビィメタルへと変わっていった彼女のボランティアのコンサートにも木島は数年間一度も見にいかなかったという。

 

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合同教会の人びと 2:小野寺那仁.pdf
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