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一本の電話

 電話、という単語を口にする時、思い浮かぶ像は一体どんな形状なのだろうか。そんなことを考える。
 私が小学生だった時、仲の良かった友達も、自分の家も黒電話だった。あのじーじーと番号をひとつずつ回していくやつだ。途中で離してしまうともう一度きって最初から。遊びに行く時、今から行くよーなんて電話したり、ものすごい線を伸ばして自分の部屋まで持って行ったり。
 今はなんだか電話と言ったら携帯のことで、携帯といったら電話っていうよりも小さいパソコンみたいになっちゃっているからあまり電話って感じがしない。でも今の子供たちはやはり電話と言ったらスマートフォンなんかが思い浮かぶのだろうか。その他にも色々連絡手段はあって、今はパソコンを使って気軽に海外の友達と話ができたりしてしまうのだ。電話の形が多様になって、どんどんみんなが繋がって、どうしているかわからなかった友達と数年ぶりに会話したりできてしまう。そんな便利なのか面倒くさいのかよくわからない今の電話事情の中で、忘れられない電話にまつわる話がある。
 18歳の時オーストラリアに留学していた。何も知らずに飛び込んだ初めての海外生活は想像以上に前途多難であった。まず、留学するというのにまったく英語を勉強していなかったのでホームステイするに当たって家族とのコミュニケーションが取れず四苦八苦した。テレビもラジオも意味がわからず一人で外出できず暇を持て余しながら思いっきりホームシックになっていたので、日本から持ってきたCDを聴きまくりながらカレンダーに丸をつけて帰国日までの一年をカウントダウンするほどだった。
 そんな中唯一外界と接触でき気分転換できる時間が学校に行く時間だった。しかし私はクラス分けのテストでまったくわからず開き直ってほぼ無回答で出したため結構日本人がいたにもかかわらず一番下の日本人が一人もいないクラスに入ることとなった。留学してから半年日本語をほぼ話さずに暮らす生活がこの時始まったとはつゆ知らず……。
 授業はかなり初心者向けのものが多く、「キャナイハブディス?」「イエス、シュアアー」などと店員と客になりきり買い物ごっこみたいな授業もあった。クラスで仲のいい子もできた。韓国人のエリィと香港人のヴィヴィアンの二人。エリィはいつも私の隣に座り先生に当てられて答えがわからない時教えあったり宿題を確認しあったりした。控えめだけど可愛らしい女の子。ヴィヴィアンは年上だけどお茶目な少女みたいな人でよく休憩時間にお喋りした。すごく気が合って英語がお互い話せないことなど微塵も感じさせないほどだった。
 でも授業はだいたい一日三時間ほど。それが終わるともう暇だった。まだ留学して日が経っていないのでほとんどの人が携帯も持っていなかったし仲は良かったけれど学校以外で会うということはなかった。
 ある日いつものように学校が終わりお昼頃帰宅した。家族がそれぞれに学校や仕事に出掛けており、まだ誰もいない家で暇していると、突然家の電話が鳴った。一人で家にいることが多かったのでこういうことはよくあった。初めて電話がかかってきた時に動揺して切ってしまってからは電話がかかってきた時の受け答えを日本から持ってきた本で何度も練習し割と落ち着いて対応できるようにはなっていたので、へロー? とちょっとかっこつけて出た。すると電話口から「レッツゴーショッピング、アンナ!」というヴィヴィアンの豪快な声が聞こえた。その瞬間今までモノクロだった世界が一瞬にして色がついたような感覚になり、私は高揚する気持ちを抑えきれず「イエーーー!」と叫んでいた。ヴィヴィアンはどうにかして私のホームステイ先の電話番号を調べてくれたらしい。その時から私のホームシックはぴったりと止まり、それから二年もの間オーストラリアに滞在することとなった。
 一瞬にして何かが変わる一本の電話。そういうものが私の人生の中では片手で数えるほどはある。ヴィヴィアンとエリィとは帰国するまで何度も遊び、クラスが変わっても交流は続き、帰国する数日前には一緒に映画を見に行ったりした。
 さらに最近、帰国後十年間連絡が取れなかったヴィヴィアンとFacebookで再会し、オーストラリア人と結婚して可愛いハーフの息子がいた! というサプライズつき。そんな出来事を思い出していると、なんとなく電話っていいなって思えてくる。